2010年2月7日 ~散歩帰りにバスに乗って~

昨日の散歩の帰りに、次回の散歩に予定していたルートのうち川俣町から福島市飯野町までをバスで通ってしまった。
乗った時には一瞬失敗したかなと思ったが、不幸中の幸いで、降りしきる雪で外がよく見えない。バス自体も飯野の中心部の北東端にある飯野町バス停(川俣線岩代飯野駅跡)が終点であり、飯野支店(112)の前に立ち寄ることはなかった。なお、バスのルートは、川俣線の道床跡を通っている国道114号線川俣バイパスや主要地方道川俣安達線を完全にたどってはおらず、川俣町内から飯野の手前1キロほどのところにある大久保小学校付近までは旧道経由であった。ぼんやりとしか見えなかったが、新旧の国道114号線が合流する付近でのロードサイドショップの充実ぶりや、意外に新しい住宅が目立つ大久保の風景など、それなりに見所があった。次回の散歩は12日の金曜日に予定している。当日が天候に恵まれることを期待したい。
飯野町からは、福島駅東口行のバスに乗り換える。このバスには、昨年8月3日の散歩帰りに途中の上蓬莱橋バス停から終点まで乗ったことがある。路線名は厳密には「医大(福島県立医科大学)経由福島駅東口行」であり、あろうことか福島医大病院支店(130)、蓬莱支店(119)、南福島支店(114)と未訪問の支店の前を三つも経由してしまう。ありゃりゃ。1月13日の散歩で松山支店(125)の前を通るのを回避したのが完全に無駄になってしまった。でもまあ歩いて通過する訳ではないからと、無理やり自分を納得させる次第。
そんな訳で、車窓はなるべく確認しないようにした。それでも、この路線の白眉である飯野から立子山の隘路をたどる区間では、外を見ずにはいられない。この雪の中よく走れるなと運転手のハンドルさばきに感心することしきり。
また、この区間は、水墨画を連想させる「雪舟田」、立子山のちょうど中間の丘陵上に位置する「立子山東西」という、ちょっと変わった名前のバス停が存在する。どんな由来があるのか以前から気になっていたのだが、バスのアナウンスによると、雪舟田は「そりた」、立子山東西は「たつごやまとうにし」と読むのだそうだ。そう言えば、伊達市の旧伊達町に「雪車町」と書いて「そりまち」と書く地名があったし、ついさっき川俣町内で通過したバス停に「遠西」(とおにし)というのがあったしと、同種の地名が比較的近場にあるのが面白い。
医大、蓬莱を通り、伏拝の坂を下りて南福島の町に入ると、道路は大渋滞。特に国道115号線との交差点から先は、バスに乗るより歩いた方が福島駅に早く着くのではないかと思った。