2011年3月12日 ~震災翌日 仙台から桑折まで歩く②~

さて、歩き始めるとするか。決心がついた私は、まず仙台駅前から愛宕上杉通を南下した。
沿道には大きなビル。落下物があるのか、あるいはこれから落下するのか不安が大きい一帯でもある。
案の定、五橋にあるNTTのビルからは壁が大きく剥落しておりしかもその破片がバス停の待合室を直撃していた。目茶目茶に破壊された待合室を目の当たりにし、背筋に寒気が走る。
五橋中学校と同様に避難所として活用されている荒町小学校の脇を通り抜け、広瀬川に架かる愛宕大橋を渡る。微かに潮の匂いがする。津波が川を遡ってこの辺りまで襲ってきたのだろうか。気のせいか、川面もいつもより増水しているように感じられた。
周囲を見渡すと、遠くではあったがいくつかの場所で火の手が上がっているのが見えた。恐らく市内の至る所で火災が発生していることだろうが、消火活動もままならないのが現状ではなかろうか。
愛宕大橋から先は、広瀬河畔通を南下。途中で、ガラスが大破した元カーディーラーの廃屋を目の当たりにし、再び走る戦慄。先ほどのNTTのビルといい、ビルや古い建物の脇を通るのは危険だ。できるだけ沿道に建物が少なく、歩道が整備された道路を歩いた方がいいだろう。広瀬河畔通はこのまま直進すると高層マンションや昔ながらの商店が建ち並ぶ長町の商店街へと続くのだがそちらは避け、宮沢橋の交差点で国道286号線(秋保通)へと入り、ここをしばらく南下した後県道仙台館腰線へと入ることにした。いずれも歩道が整備された4車線道路である。
この時点で仙台市内は未だ停電していたはずだが、どういう訳か宮沢橋の交差点は、きちんと稼働していた。クルマも混雑することなくスムーズに流れていた。
既に早朝とは言えない時間帯に差し掛かっているせいもあってか、街には人通りが多くなってきている。今日は土曜日だが、出勤する人たちも少なからずいるのだろう。でも、今から仙台の街に出たところで、勤務先などきちんと機能しているのだろうか? 皆勤勉だなと思う。勤務先を見棄てて歩いて自宅へ帰ろうとする私など、最低の人間なのかもしれない。
沿道にはもう一つ、混雑が始まりつつあるスポットが見受けられた。
コンビニ。
店頭に備え付けられていることが多い公衆電話には早朝から電話待ちの列がなされていたし、店舗によっては店自体を開けて在庫を売りつくす模様で、店外まで長蛇の列が続く所も見受けられた。そう言えば、昨日の昼から飲み物も含めて何も口にしていないことに、ここでようやく気がついた。ただし、緊張感からか腹も減っていなければ喉も渇いていなかったので、特に並ぶつもりはなかった。というか、買い物できるまでに何時間かかるか分からないし、時間のロスは徒歩移動にとっては命取りとも言える。余裕のあるうちに先へと進んだ方が良い。
名取川を渡って西中田地区を経由し、名取市へと入る。市境のすぐ先で東北新幹線の高架橋をアンダークロスするが、架線柱がポッキリと折れているのが確認できる。同様の箇所はここに限らずいくつもあるだろう。これでは長期間の運休は必至だ。桑折に帰ったところで仙台まで通勤できるのかとの不安も募る。
じゃあ仙台に戻るか? 名取なら、まだ引き返すことが可能な距離だ。再び心の葛藤となるが、やはり家族と一緒にいたい気持ちが強い。意を決して南下する。
昨日ワンセグで観た映像では市南東部にある仙台空港津波に浸かって使用不能となったとの報道がなされていたが、仙台館腰線周辺は津波の被害はないようだ。ただし、沿道にある一部店舗ではガラスが大きく破損していたし、名取市中心部を東西に横断している増田川では津波の逆流による増水があったらしく広瀬川と同様に潮の匂いが漂っていた。液状化現象も進んでいたようで、歩道のタイルも所々でめくれ上がっていたり剥落したりしている。
多少のアップダウンを経て、田園地帯へと入る。県道は左へと折れて仙台空港方面へと行ってしまうのだが、南の岩沼市方面に向かって歩道が整備された2車線道路が延びている。直線的で非常に歩きやすい道路であったが車道に大きな亀裂が走っている箇所も見受けられ、そこはソロリソロリと忍び足で歩かざるを得ない。
ほどなくして、岩沼市へと入る。田んぼの中をできる限り南へと向かって歩くと、周囲より若干高い位置に造成された住宅街の中へと入る。町名的には朝日、土ヶ崎(どがさき)、たけくまといった地域になる。朝日には岩沼市内唯一の高校である名取高校も所在するのだが、そのすぐ近くの個人商店が偶然開いていたのを見つける。まだ空腹感や喉の渇きはなかったが、この時点で仙台から20キロ近く歩いていたから、さすがに水分補給ぐらいはしなければなるまい。ペットボトル入りのウーロン茶を購入し、一息つく。
朝日や土ヶ崎は閑静な住宅地であったが、その南のたけくまは、ここ数年で開発が進んだ地域ということもあってか、ロードサイドショップがいくつか進出している。その中核となる店舗がヨークベニマルなのだが、どうやら営業しているらしく、店頭には少なくとも200メートルを超える長蛇という表現が可愛く感じられるほどの列ができていた。この店舗の開業日だって、これほどの列はできなかっただろう。改めて、今回の震災のすさまじさを感じた次第であった。
そう言えば、この界隈に、ネット上でお付き合いのある方が住んでいたと記憶している。その方の安否が、一瞬気にかかる。