2007年8月12日 ~桑折から羽州街道を歩く~

8月12日、午前5時。私は、奥州街道羽州街道とが分岐する桑折町追分公園にいた。
今日はここから、羽州街道を歩いてみたいと思う。
本来ならば、今日は郡山から鏡石までを歩く予定だったのだが、午後に家族で出掛ける予定を入れていたので、早目に帰宅する必要に迫られていたのだ。従って、自宅至近を歩く他はない。
が、前回の塩竈行で街道歩きの面白さを再認識した私は、もはや街道筋以外の散歩を考える選択肢を持っていなかった。従って、自宅至近の街道筋となると、羽州街道しか考えられない。昨年11月11日に国見町小坂まで歩いたことがある羽州街道だが、前回訪れなかった福島・宮城の県境にある小坂峠を越え、その先にある白石市下戸沢まで歩いてみようと思ったのだ。
ただ、問題となるのが、小坂峠を通過する時間。本来の街道は小坂の旧宿場町から約2キロの距離をまっすぐに峠を目指しているものの特に後半の1キロほどが地図で見る限り急勾配の坂道でありしかも「点線」。つまりダートの細道というネックがあり、小坂から峠までのルートで後年整備された主要地方道白石国見線はまさに羊腸の表現が相応しいほどのヘアピンカーブの連続。その分勾配はかなり緩和されるものの、距離は街道の2倍以上はあるようだ。
はてさて、どちらの道を歩くべきか、実際に現地を見るまで思案が続きそう。また、峠を登りきるまでの所要時間も計算が立ちにくい。8時台半ばに白石行のバスが下戸沢近くを通過するのでそれには間に合わせたいと考えているのだが、峠道でハマってしまうと予定が完全に崩壊し、帰宅がお昼過ぎになってしまう。その意味では、ギャンブルに近い散歩となる。
話を散歩に戻すと、スタート地点の追分公園から小坂までは以前歩いた道ということもあり、特に支障なく歩ききった。所要時間は40分といったところか。前回小坂に来た時にはいなかったが、旧宿場町らしく古い建物が街道沿いに建ち並ぶ集落内には休憩中のライダーの姿が何組か見られた。ヘアピンカーブの峠道はライダー達に愛好されている模様だ。
さて、問題の峠道。小坂から勾配がきつくなる羽州街道だが、集落を出てもしばらくはそのままの勾配で峠へと向かう。途中、大きな鳥居をぐぐる。峠の少し先にある萬蔵稲荷神社の鳥居だ。この辺、やはり歴史を感じる。鳥居を過ぎるとほどなく、街道と主要地方道との分岐点。地図で何度も見た通り、未舗装の街道は峠の方向にまっすぐ延びているが、舗装路の主要地方道は180度向きを変え、峠とは逆方向に進路を得ている。さて、どちらを歩くか。前日まで何度も迷った選択肢だが、現物を見ると、やはり街道を歩かずにはいられない衝動に駆られてしまう。結局私の脚は、街道へと向くことになる。
その一瞬の思いで選んだ街道だったが、行程は予想以上に険しいものだった。前半は沢に沿っているためダートと言うよりはむしろ泥道といった風情だったし、後半は沢からは離れるものの登坂補助のロープが張られるほどの急勾配の連続で、途中何度も休憩する羽目になった。普段散歩しているとはいえ歩いているのはいつも舗装道路。山道を歩くのは初体験だから、息があがるのもある意味やむを得ない。なかなか先が見えない急坂。この道を選んだことを後悔しかける。
が、もう駄目だ…と思いかけた急坂の先に、難路の終焉となる峠の茶屋の建物が突然現れる。喜び勇んで、急坂を駆け上がる。時計を見ると、ダートの街道に入ってから19分しか経過していなかった。
峠を越え、福島県国見町から宮城県白石市へと入った。あとは長い下り勾配となる。でもしばらくは、それまで急坂を登っていた影響からか、足取りがギクシャクしている感じ。箱根駅伝の山登り区間である5区でも散々登ってきた後で登場する下り坂に苦戦するランナーが多いと聞くが、それに似たようなものなのだろうか。クルマと違い、人間のギア・チェンジは、それほど急にはできないもののようだ。足取りがようやくしっかりしだしたのは、鳥居が連続する参道が特徴的な萬蔵稲荷神社の前を通り過ぎた後のことだった。
鬱蒼とした森の中をしばらく歩くと、羽州街道宮城県内最初の宿場町となる上戸沢の集落。以前クルマで訪れたことがあるが、その時も今も変わらず、古い建物が多く残る集落だ。雪深いのであろう。瓦屋根の家屋が極端に少ない。そんな家々で目立つのは、クルマが多いこと。今や大人の数だけクルマがあるのが普通となっている地方の集落であるが、この上戸沢も、買い物用の軽自動車、家族みんなで乗るワゴン車、農作業用の軽トラと多士済々。加えて今は帰省ラッシュの時期でもあり他県ナンバーの乗用車までおり、賑やかさが一層際立っている。
上戸沢から先は再び人家のない風景となるが、森林ばかりではなく農地もチラホラ現れる。農地の大半は、水田。峠の向こうの福島県側だと畑や果樹園が多いが、宮城県側はほぼ水田オンリー。伊達藩62万石の影響はこんな山間にまで徹底しているのかと驚かされる。
そんな風景を3キロほど下ると、次の宿場町・下戸沢。特徴的なのは、瓦屋根の家屋が非常に多いこと。上戸沢と下戸沢。至近距離に位置する双子のような集落なのに、家屋の屋根はまるで違っているのが面白い。もう一つ、下戸沢で特徴的だったのは、「売家」の看板が掲げられた空家があったこと。定年退職後に田舎暮らしでも… と目論んでいる団塊世代をターゲットにしているのかと思うが、そうした商売臭が漂うのも、農家ばかりだった上戸沢との大きな違いだ。
上戸沢の集落を出外れると、羽州街道はT字路に突き当たる。この道は白石から七ヶ宿を経由し山形県南陽市へと抜けている国道113号線の旧道。この先の羽州街道は、新旧の国道113号線とまったく同じルートで、七ヶ宿町西端の湯原集落まで続いている。
また、この道路は、白石と七ヶ宿とを結ぶバス通りでもある。T字路から七ヶ宿方面に1キロほど歩いた先、白石川沿岸の景勝地・材木岩の至近にある江志前というバス停で時刻を確認すると、当初乗る予定だった8時台半ばの便の前に、7時50分台に通過する便があることがわかった。今時計を見ると、まだ7時台半ば。とは言え既に2時間以上、しかも峠を越えて歩いているから、7時50分台のバスに乗るべきかなと考える。
結局、江志前から白石川を渡って更に1キロほど歩き、新旧の国道113号線が合流する地点に位置する藤坂というバス停まで歩き、散歩を終えることにした。到着時刻は、7時40分であった。