2008年6月21日 ~国道13号線と北幹線~

19日の深夜に東福島から自宅まで歩いてしまった影響からか、腰がちょっと痛い。入梅したことだし天気が悪ければ中止しようかとも考えた今日の散歩だが、朝5時に目を覚ますと薄曇り。やはり予定通り、散歩に行くことにしよう。
今日の目的は、信達地方に残った未踏の阿武隈川の橋・鎌田大橋と月の輪大橋をまとめて片付けることであるが、ただ橋を渡るだけでは能がないので、散歩の前半は橋とはまったく関係のないルートを歩こうかと思っている。
チョイスしたのは、国道13号線福島市舟場町を起点とし秋田市まで延びている東北地方の大動脈であるが、不思議なことに我が散歩では殆ど縁がないまま。一昨年の11月19日にそのバイパスである福島西道路を制覇して以来の来訪となる。今日は起点から東北自動車道福島飯坂ICの手前までを歩く予定だ。で、ここから東に折れて、一気に阿武隈川へ、という算段。
桑折駅発5時41分の始発電車に乗り、時刻表上では5時55分に福島駅に到着。ただし、駅舎から出た時に時計を確認すると5時55分を指していたから、1分程度の早着だったかもしれない。
福島駅からは駅前通りに福島のウォール街と形容されるレンガ通り、更にその先に延びる細い道を通って、舟場町まで歩く。約10分の道のりだ。
ここから国道13号線に入る。もっとも、福島市中心部では東西に延びる平和通り及び南北に延びる信夫通りの通称でとおっているので、地図を見なければ両道路が同じ国道だと気付く人はそう多くない。私自身、平和通りが国道13号線だったなんてかなり後になるまで気がつかなかった。
平和通りを直進すると東北本線を跨ぐあづま陸橋へと続くのだが、国道13号線は右折し、信夫通りを直進。福島市中心部においてはほぼ北進する形となる。クルマでは何度も通った道であるが、改めて歩いてみると、消防署や郵便局、税務署など、沿道に公共施設が目立つ。沿道からは多少離れているが高校もいくつかあり、彼ら彼女ら目当てで営業していると思われる商店も意外に多い。
でもそんな風景も、眼前に聳え立つ信夫山によってすべてが寸断されてしまう。国道13号線はこの山をトンネルで抜けているからだ。トンネルは自動車用と歩行者・自転車用とに分かれており、全長は680メートル。私が歩いた歩行者・自転車用トンネルは中に電気が灯っていて明るかったけれど、逃げ場のない空間であることには変わりなく、早く抜け出したい気分になった。
トンネルの北側は、住宅の中に田畑がチョボチョボと残る郊外の風景。それでも国道沿いにはロードサイドショップが進出してきており、華やかまでとは言わないけれど周辺とは若干違った雰囲気だ。ほどなくして松川を渡り、左側から福島西道路が合流。時間帯的にも早朝ではなくなりつつあるせいか、クルマの通行量も増えてきている。福島西道路との合流点にある原田東のバス停には、仙台に高速バスで通うらしいサラリーマンが何人か並んでいる。ご苦労様である。
JAの大きな建物が目印の交差点で、国道から離れ、右折。県道飯坂保原線に入る。もっとも、この県道の国道13号線から国道4号線にかけての区間は片側2車線の太い道路であり、地元では北幹線と通称されている。クルマの通行量も、国道に負けず劣らず多い。沿道は、国道13号線寄りこそ田畑が目立つが、東北新幹線及び東北本線をまとめてアンダークロスした先には福島市役所北信支所や福島市立北信中学校、福島市の卸商団地があり、福島市北部を占める一定のエリアの中心地として機能しているようだ。福島学院大学が近接しているせいか女子学生目当てとおぼしき小じゃれた店が目立つこと、また東北本線東福島駅阿武隈急行の卸町、福島学院前の両駅と鉄道駅が多いことも、この地域の特徴だ。
国道4号線に合流。ここから歩いて帰宅したい気持ちになりかかるが、今日の散歩はここからが本番。県道をそのまま直進し、さっき歩いた街並みとは打って変わってちょっとした工業団地がある他は果樹園ばかりの風景を通り抜けると阿武隈川に架かる月の輪大橋に差し掛かる。1995年に架けられた比較的新しい橋で、架橋以前には渡し舟が営業していた。この渡し舟は松尾芭蕉の「おくのほそ道」にも登場する「月の輪の渡し」だと聞いたような気もしたが、芭蕉来訪当時の阿武隈川は現在よりもやや東側を流れていたとの話もあり、実際のところよくわからない。
そのことを確かめるべく川の東側にある月の輪の集落を歩こうかとも考えたのだが、散歩開始から既に2時間近くが経過しているので、薄情とは思いつつ阿武隈川の堤防上を通るサイクリングロードを歩くことにする。そう言えば、散歩でサイクリングロードを歩くのも、昨年の7月8日。名取市閖上から仙台空港付近までを歩いて以来のような気がする。
サイクリングロードを2キロほど歩いて、信達地方最後の一橋となる鎌田大橋に到着。大橋と名はつくが道幅、特に歩道の幅が非常に狭く、また道路自体も国道4号線に面したパチンコ屋と仏壇屋の間を通る裏道だったりしてどうもパッとしない。この辺りが、最後まで未踏で残ってしまった遠因なのかもしれない。
鎌田大橋から卸商団地の中を通って、東福島駅に到着。ここから電車に乗って帰宅するつもりだったが先週の地震の影響でダイヤが乱れており、電車を待ちくたびれてホーム上の待合スペースで危うく寝こけてしまうところであった。