2008年7月6日 ~安達広域農道を歩く~

先週までの3週間は土曜日の散歩だったが、今週は土曜日が休めずに日曜日のみの単休。仕事が再び多忙になってきた中でのなけなしの休日なだけに休養に充てることも考えたが、結局出かけることにした。行き先は、二本松から松川にかけての安達地方東部。安達ヶ橋、智恵子大橋と阿武隈川の橋を2本渡る予定だ。
午前5時に起床。身支度をして5時半に自宅を出発し、桑折駅5時41分発の始発電車に乗車。しばらく電車に揺られ定刻6時28分に二本松駅着。跨線橋を渡り、駅舎を出たらちょうど6時半であった。
駅を出てすぐ、二本松アーバンホテルの脇を左折。車両が一方通行となる裏通りだが沿道に飲食店が連なっているので、前々から気になっていた通りだ。私は「本町(もとまち)裏通り」と勝手に呼んでいたが、「まゆみ(真弓)通り」という名前があることを知る。こういったことは、実際に歩いてみないとわからない。
二本松の市街地を出外れ、国道4号線に合流。当面の目標である安達ヶ橋は、前方によく見えている。主要地方道原町二本松線に架かるこの橋は、国道4号線、東北本線阿武隈川をまとめて跨ぐので、他の橋よりも橋脚が高めなのが特徴だ。
橋を渡るとすぐ左手に見えてくるのが、鬼婆伝説の残る黒塚がある観世寺、そして二本松を代表する観光スポットのひとつである安達ヶ原ふるさと村。早朝なので施設自体はまだオープンしていなかったが、沿道には鬼婆を目一杯かわいくデフォルメした安達ヶ原ふるさと村のシンボルキャラ・バッピーが、思いっきり笑顔を振りまいていた。
ふるさと村を過ぎると沿道はすっかり農村風景。丘陵が連続する中に田畑が混じるのは安達地方でよく見られる風景だが、さすがは二本松で、毎年秋に二本松城址にて開催される菊人形祭りで使用する菊を栽培している畑もあったりする。
そんな道を歩くこと30分ほどすると、安達広域農道が左手に分岐する。交通量こそ少ないが、片側1車線が確保されているしっかりした道路だ。500メートルほど歩くと、智恵子大橋。橋上からは阿武隈川安達太良山をいっぺんに望めるという話を聞いていたのだが、安達太良山は霞がかかっているらしくよく見えなかった。ちょっと残念。
ところで、智恵子大橋という名前は、橋の北岸に位置する二本松市の旧安達町出身の高村智恵子に由来する。智恵子の生家は奥州街道に面した造り酒屋で橋からは4キロほど西に離れているが、にもかかわらず智恵子の名前を橋につけるところに、旧安達町の彼女に対する思い入れの強さが伺える。
その旧安達町であるが、農道が丘陵の間を縫って通っているせいか、アップダウンが非常に激しい。それでも丘陵の間の谷間には集落や田畑があり、使える土地を有効活用している印象だ。旧安達町は和紙の産地でもあるからか、楮(こうぞ)の畑も見ることができた。
アップダウンを何度か繰り返すと、ようやく、多少広めの平地が現れる、そして前方にはT字路。安達広域農道は主要地方道川俣安達線に合流し、終点となるのだ。ここで問題になるのは、今日の散歩の終点予定地である松川駅にたどり着くためには、このT字路をどちらに曲がった方が早いか、ということ。道路案内では右折すると今月福島市編入された飯野町や川俣町、左折すると福島市に至るとのことだが、前者が6月14日に歩いたばかりなのに対し、後者はまったく未知のルート。どちらにしようか本当に迷ったが、結局左折することにした。左折するとすぐに福島市に入ったとの表示が登場。ほっと一安心した次第。
ところが安心するのはまだ早かった。この辺りでは二本松市福島市の境界線が入り組んでいるので、気がついてみたらまた二本松市に舞い戻り。高速道路のパーキングエリアかと見まがうほどの規模を誇る道の駅安達のすぐ南で国道4号線をアンダークロスすると、どこを歩いているのか本当にわからなくなってしまった。時計を見ると、もう8時50分。松川駅発9時10分の電車に乗って帰宅しようと考えていたのだが、それまでに無事に着けるのかどうか不安になってきた。
それでも国道のすぐ西側を通っている東北本線を見つけると、線路からつかず離れずの距離を北上。最後は駆け足も交え、何とか松川駅にたどり着くことができた。到着時刻は9時08分。自動券売機で切符を買っていると「間もなく、下り列車が参ります」とアナウンスが流れてきた。