2008年11月2日 ~梁川大橋を歩く~

9月後半以降、休日はあるものの予定が詰まり気味で、なかなか散歩に出掛けられなかった。
その間、運動も何もしていないから太ること太ること。いつもは長時間散歩を半ばあきれたように見ていた妻からも「今度の休みには出かけたら?」と催促される始末。
という訳で、今日は久々に、散歩に出掛けることにした。行き先は、この10月15日に新しく阿武隈川に架けられた梁川大橋。本年3月23日に渡った梁川橋の後継となる橋だ。3月に訪れた時は橋梁だけが完成し取付道路が未整備の状況であったが、このほどその道路も完成し、開通の運びとなった次第。
河口最寄りの亘理大橋から本宮市の上ノ橋までまがりなりにも歩行可能な阿武隈川の橋を全部渡ってきたのに、ここで未踏の橋が増えてしまうのは、やはり気になること。自宅からも近いことだし、早いうちに渡ってしまいたいと思う。
まだ夜が明けきらぬ午前5時に起床。身支度をして自宅を出、桑折駅発5時41分の電車に乗車。5時48分着の東福島駅で下車し、徒歩で阿武隈急行卸町駅へ。卸町駅発6時09分の電車に乗車ししばらく揺られ、6時34分着の梁川駅で下車。運賃の精算を済ませてから駅舎を出たのが6時35分のことだった。
梁川に着いた頃には陽はすっかり昇っていたが、放射冷却現象が起こっているせいか、若干寒い。一生懸命歩いて寒さを吹き飛ばすしかなさそうだ。
まずは、街の南端にある梁川駅から、南北に長い梁川の町を縦貫する。これまでの散歩でも何度か訪れている梁川だが、縦貫は初めてのこと。でも、歩いてみると、新興住宅地になっている駅周辺、メインストリートとなる国道349号線付近だけ妙に家屋が新しい広瀬川の南岸、そして蔵造りの旧家がチラホラ見られる広瀬川の北岸と、地域によって景観がハッキリと異なっており、まるで違う街のようなのが面白い。
商店街も住宅街も尽きてきた所にある福島交通の梁川出張所(路線バス車庫)を過ぎると、いよいよ梁川大橋。従前の国道349号線は北にまっすぐ進み梁川橋へと進んでいたが、梁川大橋への取付道路は右にいったんカーブした後更に左手にカーブし、最終的には梁川橋の左側、10メートルほど高い位置を並行して進む形になる。現在梁川の街の東側を縦貫する形で国道349号線のバイパスが建設中でバイパスと橋とを直結しやすいようにそのような線形になったようだ。現在の国道が無視されたようでちょっと寂しい。用済みになった梁川橋は近々取り壊される予定だが、現時点ではまだそっくり残っている。見納めをしたいなと思ったが、梁川大橋が高い位置にあり、またその歩道も梁川橋とは反対方向にしかなかったので、諦めざるを得なかった。
しかし、梁川大橋が高い位置に架けられているということは、それなりに眺望がきくということでもある。あいにく阿武隈川は川霧がかかっていてよく見えなかったのだが、前方に展開する五十沢地区に目をやると、川沿いに広がる集落の後方の丘陵全体がオレンジ色に染まっているのが目につく。この辺りで生産が盛んな柿の実だ。柿畑なんて果樹王国の福島でもあまりお目にかかれないので、なかなか面白い光景だと思う。
橋を渡った後は、阿武隈川沿いを歩くことにする。霧は濃いけれど、周囲の視界が遮られるほどではない。ただし、対岸に展開しているはずの梁川の街は、まったく見ることができなかった。ちなみに、この辺りで、伊達市から国見町へと自治体が変わる。
しばらく歩くと、阿武隈川に滝川が合流する。滝川は国見町小坂を水源とする細い川だが、合流点付近には橋がないので、若干の迂回を必要とする。迂回した先で渡った橋の名前がどういう訳か「富士見橋」。富士山など見えるはずがないのにどうしてこんな名前なのだろう。ちょっと悩んでしまう。
富士見橋から西に延びる道路は、人家がまばらな農村地帯にある割には、それなりに幅員もある立派なもの。というのも、沿道に下水処理場があるからだ。アクアクリーンあぶくまの愛称を持つこの施設は、福島県中通り北部の下水処理を一挙に受け持っている。下水処理場といえば一般的に人家から離れた場所に位置し住民からも敬遠されがちなイメージがあるが、アクアクリーンあぶくまに関して言えば毎年9月中旬の日曜日には下水道まつりなるイベントを開催して施設を開放しているせいか、地元民からの拒否反応はそれほどはないようだ。
アクアクリーンあぶくまの広大な敷地を過ぎると、梁川橋同様3月23日に渡った徳江大橋のたもとに着く。ここから先は3月にも歩いた伊達広域農道を行き、桑折町の自宅まで戻ることにする。一度歩いた場所なので景色的には真新しいものはなかったが、徳江大橋から1キロほど先、森江野小学校近くの民家からピアノの音色が聞こえてきたのが妙に印象に残った。一般家屋から流れるピアノの音といえば時折つっかえたりして鑑賞に堪えないことがままあるが、この時聞いた音はセミプロクラス。よどみなく流れるきれいな音色に、しばし耳を傾けた次第である。