2009年3月10日 ~信夫山来訪 その1~

福島市近辺に通算して10年近く住んでいながら、福島市のシンボルである信夫山には殆ど足を踏み入れたことがない。学生時代に同所で企画していた花見が雷雨で流れたのがケチのつき始めで、あとは麓の公園に行ったのと、展望台まで夜景を見に行ったのがそれぞれ1回ずつあったぐらいだろうか。訪れた際率直に言って公園としては整備が遅れているというか昔のままに放置されているという印象を持ったので、ここ数年は足が遠のいている。
また、早朝散歩を始めて2年半になるが、これまでどちらかと言えばより遠くへ歩くことに主眼を置いていたので、信夫山を訪れることは考えてもいなかった。
ところが、散歩の回数を重ねていくと、信夫山や前回歩いた蓬莱ニュータウンのように、周囲を何回も歩いているのにそこだけは訪れていないスポットが出るようになり、どうしても気になってくる次第。そこで今回は、満を持して信夫山を歩いてみようかと思う。福島駅を起終点とし、往復2時間程度の行程を考えている。
まずは、桑折駅8時53分発の電車に乗り、福島駅へ。到着時刻は9時07分であったが、構内を歩き切るのに時間がかかったのと、歩行時間を正確に計測したいとの思惑があったので、駅を出たのは9時10分のことであった。駅前通りのアーケード、そして金融機関が立ち並ぶ大町を通り抜け、福島の市街を南北に貫く県庁通りへ。5階建ての立派な校舎に建て替えられた橘高校(旧・福島女子高校)の校舎に驚いたりしながら信夫山の麓まで歩く。この間わずか20分程度。信夫山がいかに市街に密着したスポットであるかがわかる。
県庁通りの北端にある小公園から、信夫山方向に石段が延びている。ここを登ると、福島縣護國神社に着く。山内に神社仏閣が多く控える信夫山だが、歩き始めたしょっぱなに出てくるのが比較的歴史の浅い護國神社というのはちょっと皮肉。霊場としての信夫山の本領は、更に奥にある。そこを目指し、3メートルほどしかない舗装道路を黙々と登る。この道は東西方向に延びる等高線を斜めに横切るように北東方向に続いている。従って、右も左も信夫山の急斜面ということになるのだが、右側に関しては、麓からこの道までの間が福島市営の墓地となっている。お彼岸にはまだ早いが墓前に花が供えられた墓が比較的多く、ちょっと嬉しい気分になる。私が歩いている最中にも、お墓参りに訪れていた人が何組かいたようだ。
道は登るごとに傾斜を増していく。呼吸が若干荒くなる。花粉症対策のためにマスクをしてきたのだが、濡れてしまい却って邪魔な存在になる。そこでマスクを外してみると、すかさず鼻水が鼻孔を襲う… その繰り返し。これまで春先の散歩でそんな仕儀になることは一度もなかったのだが、やはり信夫山は特別な存在なのだろうか、と思ってしまう。
そうこうしているうちにそれまで木々に遮られていた眺望が一気に開け、福島の街が眼下に広がるスポットにたどり着く。福島の景色なんて… と半ば馬鹿にしていた部分はあったのだが、なかなかどうして。結構きれいなのである。高層ビルこそ少ないけれど、東北新幹線東北本線国道13号線、県庁通り等など、信夫山方向からまっすぐ真南に延びる交通路が街に整然とした印象を与えている感じだ。また、渡利や蓬莱の丘陵が目の高さにあるので、福島の街がまさに盆地に位置しているのもよくわかる。
ただし、この地点には、展望台的なスポットは存在しない。あるのは、かつて「100万ドルの夜景」の登録商標を持っていたという旅館だけ。確かにここから見える福島の街はきれいだけれど、夜景に100万ドルの値打ちがあるとはとてもじゃないが思えない。これは福島が函館その他夜景の名所に比べて都市として劣っているという意味ではなく、信夫山が福島市街の真北に位置しているため、ここから見える家々の窓は北側の窓になるから。だから夜景はどうしても実勢よりも貧相にならざるを得ないし、逆に市街の南端に位置し家々の南側の窓で夜景が構成される函館山とまともに勝負できるとは思えないのである。
ところでこの旅館であるが、100万ドルの夜景とともに「信夫山の北限のゆず」のPRにも余念がない。このフレーズも福島ではよく耳にするが、信夫山のどのあたりでゆずが栽培されているのかは、聞いたことがなかった。ここまでの行程で見た木々は杉や松が多く、ゆずの木、しかも果樹園らしきものは全く存在しない。これもまた夜景と同じく誇張的表現なのかと思って歩を進めると、旅館の裏手にある民家の庭先に、小規模ながらゆずの果樹園らしきものを発見。ただし、「業」として成り立たせるにはこれでは不十分のような気がする。少なくとも山の半分がゆず畑なら、納得がいくのであるが。
そのゆず畑から更に山道を登ると、山頂部の東端に設けられた第二展望台。比較的広い公園が整備され、今まで持っていた「整備が遅れた信夫山」の印象を完全に覆す景観。やっぱりこのぐらい整備して貰わないとと思う一方で、ここまでのアクセス道路がまったく未整備なのが少し気になるところ。函館山や長崎の稲佐山のようにロープウェーを設置して欲しいとは言わないまでも、もう少しどうにかならないだろうか。
第二展望台からダートの細道を西に向かって歩くと、羽黒神社の境内に出る。本来なら参道を歩かねばならないところなのだろうが、道なりに歩いていたら「着いてしまった」のだ。人っ子ひとりいないちょっと不気味な境内。その片隅には先月中旬に行われた信夫三山暁参りにて奉納された大わらじがそびえていたが、それ以来人の往来が殆どないらしく、暁参りで使われたと思しき紙垂の切れっぱしが境内のあちこちに散らばっていて不気味さを増幅していた。
一応お賽銭を入れて参拝してから、参道を下りる。ダートと言うかところどころに礫というか岩盤がむき出しになった急な坂道で、ヒラキの通販で買った安物の靴を履いている私にはちょっときつい。しばらく歩くと今度は石とコンクリートの簡易舗装となるが、これもまた歩きにくい。石段や石畳にするとか、もう少し整備できないものだろうか。
そんな悪路ではあったが、沿道では面白い発見もあった。羽黒神社から少し下った所に、小規模な集落があったのだ。ちょっとした門前町といったところだろうか。ただ残念なことに、家々の半数は廃墟となっているようであった。この辺り、ちょっと歩くと祠や鳥居があったりして、神社仏閣好きには興味深いスポットかと思う。これらを回っているらしい中年夫婦とすれ違う。どちらからともなく「こんにちは」と声をかけてしまう。
山頂近くのはずなのに畑や墓地が展開する風景を通り抜けると、薬王寺。信達三十三観音の三番札所・羽黒山観音の別当であるが、観音堂は先ほど通った道の途中にあるらしい。引き返して確認しようかと思ったが、悪路を往復するのが面倒くさいのでやめる。
この辺りで、福島駅を出てから1時間が経過。信夫山の奥はまだまだ深く、薬王寺の西側には月山神社湯殿山神社、更には信夫山の新しい夜景スポット(福島市街よりも、市街の西部に展開する新興住宅地やロードサイドショップの眺望が良いらしい)として注目を浴びつつある烏ヶ崎展望台など訪れたい場所があるのだが、これについては別の機会(その2)に譲ることにし、今日は山を下り、帰ることにしよう。