2009年10月18日 ~三度知人宅まで。今度は飯坂経由~

前回の散歩で南隣の旧伊達町を歩いたので、今回の散歩では北隣の国見町内を歩くつもりでいた。
歩くコースやスポットも決めていたのだが、散歩前日になって事情が変わってしまう。
昨年11月15日及び今年6月27日の散歩で世話になった福島市北部に住む知人から、昼食のお誘いを戴いたのである。
となれば、急遽方針を変更し、自宅から知人宅まで散歩という話になる。昨秋はほぼ最短経路で到達、今夏は若干東側に寄り道して国道4号線を南下していたので、今回は西側に寄り道して飯坂温泉方面を回ることにした。
知人宅にはお昼に着けばOKなので、午前9時ジャストに自宅を出発。まずは桑折町内の奥州街道を南下する。今日は「桑折宿奥州・羽州街道まつり」が開催されており、一部区間が車両通行止めになっていた。露店が並ぶ街道のど真ん中を堂々と歩いてみる。普段は歩くことができない箇所だけに、結構気持ちが良い。
宿場町の南端から県道飯坂桑折線に入る。何度も歩いた道であるが、相次ぐ拡幅工事で歩く度に姿を変えているのが面白い。が、今年3月に桑折町福島市との境界付近の拡幅工事が完了したので、これ以上の変容はもうないだろう。改めて沿道を見渡すと、やはりというべきか果樹園が目立つ。主力の桃は既に収穫が終わってしまったが、それを補完するかのように、リンゴ畑で収穫間近の赤い実がたわわに生っていた。
今年県道をまっすぐ歩くと福島市飯坂町湯野の商店街に入るが、今回はちょっと趣向を変えて、西根中学校入口の交差点を右折し、県道の一本北を通る広くて新しい道路を歩いてみる。街路樹が茂りなかなか歩き甲斐がある道だ。が、湯野の町に入ると、街路樹の樹勢が明らかに落ちているのが気になった。まるで、バブル崩壊以降における飯坂温泉の斜陽化を象徴しているようでもある。
摺上川に架かる新十綱橋を渡り、飯坂の温泉街へ。かつて隆盛を極めたであろう川沿いのホテル・旅館街はもはや寂れ放題であるが、川から少し離れると、飯坂温泉発祥の湯と言われる鯖湖湯を中心に、古風で趣のある旅館や商店が集中する地帯に入る。鯖湖湯の前を通ると、地元の方と思しきお年寄りが足湯につかり、子供達が何やら戯れていた。飯坂は、大規模なホテルを中心に集客力をアップさせるより、昔懐かしくアットホームな雰囲気を前面に出した方が立ち直れるように感じた。もっとも、その実現のためには既に廃墟と化したいくつものホテルをいち早く取り壊す必要があるのだが…
そんな街並みのなかで場違いに近代的なコンベンションホール・パルセいいざかの前を通過し、西へと歩を進めると、国道399号線の飯坂バイパスにぶつかる。飯坂の道路は狭く国道399号線も歩道やセンターラインすらない始末なのでバイパス建設は致し方のないところであるが、この開通に伴って、バイパスの北側に位置する穴原地区が温泉リゾート地として、南側に位置する福島交通飯坂線花水坂駅付近が住宅地として、それぞれ発展をみたように思う。その意味では、このバイパスは飯坂の温泉街を衰退(あるいは変質)へと導いた存在と言えよう。
新興住宅地が続くバイパスを道なりに歩けば、飯坂街道(主要地方道福島飯坂線)へと抜けることができる。が、飯坂に立ち寄ったのだから、源義経の家来だった佐藤継信・忠信兄弟の墓があり「おくのほそ道」で松尾芭蕉も訪れている医王寺に寄ってみたいと思う。飯坂線に「医王寺前」駅があるぐらい知名度の高い寺だが実のところ訪れたことはまだ一度しかないので、ちょっと表敬訪問しようかと思ったのである。
新興住宅地が尽きて小川(という名前の川)を渡り坂道を登ると、医王寺入口の看板が見えてくる、表示に従って曲がると、あまり広くない道路。この先に寺があるのかと不思議に思うぐらいだが、ちゃんと寺はあった。取り立てて目立つところのない普通の寺だった。ただし、境内に入るには拝観料300円が必要になる。そのことは知ってはいたものの、妻子が先行してクルマで知人宅まで行っていることもあり、今回の散歩では飲料代として200円しか持参していなかった。だから境内には入れず遠巻きに中を覗くしかない。鐘楼や本堂は見ることができたが、佐藤兄弟の墓は確かめようがなかった。
ちなみに、「おくのほそ道」に登場した寺院には拝観料が有料のところが結構多い。医王寺と同じく福島市にある文知摺観音は400円、松島の瑞巌寺は700円、平泉の中尊寺金色堂は800円、山寺の立石寺は300円、象潟の蚶満寺は300円である。これらの拝観料が世間一般に比して高いのか安いのかは、私にはわからない。
医王寺から住宅街の中の細道を歩き、医王寺前駅付近で飯坂街道に合流する。この辺りの飯坂街道は飯坂線の線路と完全に並行していて、ちょっと歩くと踏切が現れるなど路面電車的ムードもあって鉄道好きにとってはなかなかいいスポットかもしれない。その白眉と言えそうなのが、国道13号線との平面交差。4車線以上の道路の踏切は、南東北の旅客鉄道ではここと仙台市青葉区宮城野区の境界に位置する仙山線の新石巻街道踏切の二ヶ所しかない。だからいつまでも残って欲しいなと思う反面、飯坂線の存在が飯坂街道や国道13号線の渋滞を誘発する要因にもなっていたりするから少し考え込んでしまう。今となってはもう遅いが、飯坂街道のバイパス的道路がもう一本、必要だったように思う。福島市は国道などの都市間道路に関しては比較的良く整備されているものの、市民の生活に密着している街路の整備は著しく遅れているのが現状だ。この辺は、街路建設に対し積極性を見せている郡山市に見習うべき部分が多々あるように思う。彼の都市に対する好き嫌いは別の問題として…