2011年3月9日 ~仙台銀行支店巡礼⑳ 白石支店(前半)~

今日の散歩は、2月19日に吉岡支店(237)を訪れて以来、18日ぶりの仙台銀行支店巡礼となる。
訪問先は、白石支店(301)。仙南ブロックの基幹店舗だ。
散歩の起点は、前回の散歩の終点だった槻木駅。いつものように桑折駅発6時29分の下り始発電車に乗り込むが、ここでちょっとした不安を覚える。
そもそも私は仙台への通勤者であり、電車の中では寝て過ごすのが基本。しかも、槻木駅を含む柴田郡一帯を通過する時間帯は、白河夜船で通り過ぎるケースが少なくないのだ。普段寝入っている地域を起きたまま過ごさなければならない。これは結構なストレスだ。
それでも何とか、桑折駅で買った缶コーヒーをチビチビと飲みながらやり過ごし、7時10分に、無事槻木駅で下車。さて、散歩のスタートだ。まずは駅西口に出、比較的新しい住宅が建ち並ぶ町並みを通り抜けて白石川の河畔に沿う道へと出る。この道は奥州街道であるが、現状はただの隘路であり、しかもすぐ北側には国道4号線柴田バイパスの高架橋が聳え立っているため、それに相応しい扱いを受けているようには感じられない。
そんな道路は歩くに忍びないので、国道へと移動することにした。通勤時間帯に差し掛かっているため、クルマの通行が多い。その中に自衛隊の車両も何台か混じっていた。船岡の駐屯地から来た車両であろうか。
道路標識を見ると、東京から325キロ、とある。今回の目的地である白石市中心部は確か305キロ前後だったと記憶しているから、ここから20キロも先!? 事前に計算していたから別に驚くには値しないが、行程の長さにちょっとだけ凹む。
沿道風景は、左手には白石川、右手には丘陵とやや単調なものだが、右手の丘陵上には表蔵王国際ゴルフクラブがあり、国道上からもコースの一部を見ることができる。プロの試合を行った実績も有する宮城県内有数の知名度を誇るコースであるが、「表蔵王」と堂々と名乗っていること関しては、じゃあ山形蔵王は「裏蔵王」なのか?と疑問に感じる点がなくもない。もっとも、山形市内にも国道13号線沿道、蔵王温泉への入口付近に表蔵王という町名があり山形県観光物産会館なる施設を設けているから、お互いさまなのかもしれない。
蔵王の名前が出てきたので、その方向を一瞬望む。裾野はよく見えるがあいにく頂上には雲がかかっていた。
表蔵王国際ゴルフクラブの敷地を過ぎた辺りから、沿道にはロードサイドショップや住宅が増え始める。逆に白石川は、左手遠くに去っていく。なお、この辺りから「一目千本桜」と呼ばれる河川敷の桜並木が展開しているようだ。大河原(304)、船岡(305)の両支店を訪れる頃には、満開になっているだろうか。再訪が今から楽しみである。
ロードサイドショップ街の中核となるイオン船岡店の前を通り過ぎ、村田町に入る。ただし、村田町とは短い付き合い。町域に入った直後の交差点で左折して松尾川に架かる韮神橋を渡り、大河原町に入ってしまう。渡った先はもう市街地。ここからは奥州街道のルートにできるだけ沿う形で、大河原町内を歩き通そうと思う。なお、大河原支店は奥州街道から見て白石川の対岸に位置する大河原駅前に所在するので、誤って店舗前を通ってしまう恐れは皆無である。
奥州街道の宿場町をルーツとする大河原町の中心商店街は、奥州街道主要地方道亘理大河原川崎線と合流する町立大河原小学校の前から南に向かって延びている。かつては賑わいを見せていたのだろうが、今は商店こそひしめきあっているものの、ひっそりと静まり返っている。路面を見ると歩道がない。が、主要地方道に指定されているだけあってクルマはひっきりなしに行き交っている。ロケーションが悪すぎる。客足が遠のくのも当然だと思う。かと言って宿場町らしい景観も殆ど留めていないし、再生が難しい商店街と言っていいかもしれない。
商店街を通り抜けてから、柴田農林高校の脇を通る。農業系の高校だけあって、実習用の建物や農場などあって、結構敷地が広い。そう言えば、これまでの仙台銀行支店巡礼では、実業系高校の前を通る機会が一度としてなかった。だから妙な新鮮味を感じる。
柴田農林高校から先は、国道4号線の南側に展開する住宅地を進む。ロードサイドショップがこれでもかと連なっている国道沿いに対し、こちらは閑静な住宅地。いや、正確に言えば、住宅7割に畑3割といった雰囲気だ。きちんと区画整理されており住宅も多少古びているだけに、かなり前から分譲しているものの今もって売れ残っているような印象を受ける。1970年代以降大河原町仙台市ベッドタウンとして発展を続けてきたが、ここ数年は人口の増加傾向も頭打ちになっているから、この状況は将来にわたって続くかもしれない。
そんな一帯を2キロほど西進すると、国道4号線に合流する。沿道にはみやぎ生協大河原店などが所在するが、この辺りがロードサイドショップ街の終端であり、白石方面は車道も4車線から2車線へと減少する。もっとも、現在拡張工事が進行中であり、完成の暁には沿道風景も姿を変えるかもしれない。
そんな国道の北側に並行して、奥州街道金ヶ瀬宿の集落が展開している。過去の散歩で2度ほど歩いたことがあるが、旧家が建ち並び何度歩いても飽きない町並みだ。金ヶ瀬を歩いていて気になったのは、集落内に特定の苗字の家が集中していること。「平間」「日下」「山家」の3姓が、特に多い気がする。「日下」を「くさか」と訓むのは比較的人口に膾炙しているかと思うが、「山家」の訓みについては、知っていなければ読めない類に属するかもしれない。大抵の人は「やまや」「やまが」と訓んでしまうだろうが、そのいずれでもなく「やんべ」と訓むのだ。どうしてそのように訓むのかはわからない。
金ヶ瀬の集落を歩き通すと、再び国道4号線に合流。拡張工事は500メートルほど先にある蔵王町との境界付近まで進んでいるようだ。ちょうど境界付近に、道路標識が立っている。見ると、東京から315キロとの表示。槻木からまだ10キロしか歩いていないのか…そして終点の白石までも、あと10キロ。ここまで歩いてきてまだ中間点という現実を知り、再び凹むことになった次第である。