2012年10月13日 散歩だか観光旅行だか… 会津若松編 その5

焦る気持ちを抑えつつ、城南通りを東進する。この界隈はまだ城下町の枠内のはずだが、沿道にはロードサイドショップが建ち並び、郊外のような印象を受ける。ロードサイドショップの中には、g.u.の店舗もあった。中通り北部にはまだ進出していないので、ちょっとだけ、羨ましく思う。
道路の行先表示を見ると、東山温泉の文字が嫌に目立つ。時間が許すならばここも訪れてみたかったのだが、今回は諦めざるを得ない。g.u.の件と相俟って、悔しさが募る。
悔しいから空を見上げる。朝の強風も収まり満点の秋空。そして前方遠くには背あぶり山。写真だと少しわかりづらいが、頂上付近にテレビ塔が林立しているのが特徴だ。 
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国道118号線との交差点を左折…と書いたが、この国道呼称は、何となくしっくりこない。元々この国道は121号線であり、1993年に国道118号線が区間延長されたのに従い若い番号に改称された経緯を有しているからだ。いかにもお役所仕事的で杓子定規な路線設定だな…と思う。
神明通りに林立するビル群に向かって歩を進めていると、「会津は元気!」と大書されたワゴン車とすれ違う。会津若松市内で組織された風評被害対策キャラバン隊の車両のようだ。会津地方は放射線量が低いにも関わらず、福島県に属しているせいで、農業や観光といった主要産業に影響が出ているのが現状だ。キャラバン隊の方々もその払拭を目指して日々東奔西走しているのだろう。同じ県民として申し訳なく思う…というか、私がそのように思っても仕方ないのだが。
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更に国道を進むと、右手に鶴ヶ城の堀が見えてきた。この位置から天守閣が望めたらいいなと地図を見ながら想像を巡らせていたのだが、残念ながら拝むことができなかった。せっかく会津若松に来たのだし、そのシンボルでもある鶴ヶ城は是非とも訪れたいスポット。昨年屋根が戊辰戦争当時の赤瓦に葺き替えられているから、なおのことだ。
時刻は10時半に近づき余裕がなくなりつつあるが、国道から外れ、天守閣に向けて歩を進める。
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国道から10分ほど歩いて、天守閣に到着。撮影位置が悪かったのか、自慢の赤瓦はあまり赤く見えなかった。広場に置かれた模型にて、その概要を知る次第。
先ほど原発事故の影響で観光に影響が出ている旨を書いたが、城内には沢山の観光客が詰め掛けていた。復活ののろしが上がったようで、ちょっと嬉しくなる。
また、やはりと言うべきか、来年放映される大河ドラマ「八重の桜」のPRも、ずいぶん目立っていた。加えて今年は松平容保京都守護職に就任して150周年という節目の年でもあり、鶴ヶ城にとってはチャンス到来。関係者の荒い鼻息が聞こえてくるような感覚に襲われた。
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